【特別インタビュー】 SAA新会長 アミット・ロイ博士

2023年9月8日

インド西ベンガル州コルカタ(当時カルカッタ)で生まれたアミット・ロイ博士。クリケットに熱中した少年時代を経て、その長いキャリアと情熱を農業に傾ける。明確なビジョン、経験に裏付けされたリーダーシップでササカワ・アフリカ財団(SAA)を導く新会長が、少年時代の思い出、ノーマン・ボーローグ博士やSAAとの結びつき、アフリカの食料安全保障への見解を語ります。

~クリケットから農業へ~
Q: どんな子ども時代を過ごしましたか?

私はインドのコルカタで生まれ育ちました。兄弟4人の6人家族で、父は銀行員、母親はいわゆる専業主婦でした。幼いころは、兎にも角にも遊びに夢中で、勉強は二の次といういたずら好きな典型的な子供だったと思います。コルカタで初等教育を受けた後、父の転勤でムンバイに引っ越し、高校生活を送りました。高校時代は、早朝から夜までクリケットの練習に打ち込み、学校の代表選手に選出されるまでになりました。寝ても覚めてもクリケットに夢中でした。

Q: クリケットに夢中だった少年が、農業を志すようになったきっかけを教えてください。

私の母は、「教育は、誰にも奪えないあなただけの財産である」と常日頃から言っていました。クリケット三昧の日々でしたが、州の決勝戦で敗北したことをきっかけに、将来について考えるようになりました。高校最後の1年間は、勉強に専念し、インド工科大学(IIT)に進学しました。私が大学に進学した1965年は、不運にも、インドが大規模な干ばつによる飢饉に見舞われた年でもあります。それはまた、後に「緑の革命」の父と呼ばれるようになるノーマン・ボーローグ博士が育種した小麦の高収量品種がメキシコからムンバイの港経由で、パンジャーブ地方に入って来るときでした。自国の壮絶な食糧難を目の当たりにした私は農業に興味を持ち、その後、アメリカにわたり、肥料を専門に学びました。

Q:長年、アフリカの農業開発に取り組んでおられますが、アフリカに関わるきっかけは何だったのでしょうか?

私がアフリカの農業に携わったのは、1979年に国際肥料開発センター(IFDC)の化学エンジニアとして、ブルキナファソでのプロジェクトに参加したことが始まりです。プロジェクトの目的は、リン鉱石の農業利用の可能性を探求することでした。後にブルキナファソの農業大臣となったMartin Bikiengaなど、地元の専門家との交流を通じ、アフリカの農業開発と食料安全保障の課題に取り組みました。

Q: ノーマン・ボーローグ博士やササカワ・アフリカ財団(SAA)とは、どのように出会いましたか?

1985年にボーローグ博士が、大学講義に訪れた際、少しだけお会いしたのが最初です。彼は、緑の革命の父としてインドで大変尊敬されていました。また、IFDCの同僚で私の友人だったChris Dowswellが、国際トウモロコシ・コムギ改良センター(CIMMYT)に移籍し、ボーローグの秘書を務めていましたので、Chrisを通じて、ボーローグ博士やSAAの活動を知る機会を得ました。そして私も、SAAがアフリカで隔年で開催していた国際シンポジウムに参加するようになったのです。
1992年にIFDCCEOに就任してから、SAAとの結びつきはより一層深まりました。ですので、敬愛する長年の友人 ルース・オニアンゴ前SAA会長からSAAの理事に声をかけていただいたのは、とても光栄なことでした。農業分野における様々な関係者の献身的な協力により、今、私はここにいると思います。

~ボーローグ博士との思い出~
Q: ロイ博士がIFDCCEOを務めた当時、ボーローグ博士を理事として迎えられています。ボーローグ博士はどんな方だったのでしょうか?

ボーローグ博士は、率直で、せっかちで、官僚主義を嫌っていました。これはIFDCの理事会での一幕ですが、議論が政治的な話題になると、彼は、明らかに無関心な様子で、スポーツ新聞に目を落としていました。農家の直接的な利益に結び付かない議論には関心がなかったのです。彼の視線の先には、常に農家がいました。

私とボーローグ博士は、ウガンダやモザンビークなど数か国における肥料プロジェクトで協力しました。食料の安全保障、肥料の確保という共通のビジョンを持ち、ともに邁進しました。2006年にIFDCがアフリカで初となる「肥料サミット」の開催に尽力した際、ボーローグ博士は、IFDCの理事として常に激励してくれたのを覚えています。ボーローグ博士は、「人々を養うため食料増産を」という明快な哲学の持ち主でした。私たちは、食料安全保障を実現するという共通のビジョンを持ち、お互いを尊敬し、ともに協力する関係にあったのです。

Q:長年、IFDCを率いたロイ博士にお伺いします。優れたリーダーシップとは?

組織に求められるリーダー像は、時代とともに変化してきました。トップダウン型のリーダーシップが良しとされた時代もありましたが、今日では、スポーツチームの監督やコーチに近い役割が求められていると考えています。つまり、リーダー(CEO)の役割は、パフォーマンスの高いチームを作ることであり、それにはプレーヤーに自主性や裁量権を与えると同時に、自身が権限を執行すべき場面をよく理解するということです。

~アフリカにおける農業開発の展望とSAAの役割~
Q:ロイ博士のリーダーシップのもと、SAA2021年に環境再生型農業(Regenerative Agriculture)を戦略の柱に打ち出しました。この転換をどのようにお考えですか?

SAAの戦略は、大きく転換したわけではありません。先進国では、環境再生型農業は肥料などの投入材を最小限に抑え、土壌の健全性を高めることを意味しますが、土壌の慢性的な劣化に苦しんでいるアフリカにおいては、外部からの投入材は不可欠です。アフリカの文脈における、環境再生型農業は、肥料の適正利用を促進し、豊かな収量を確保するための持続可能な農業です。そのために、私は3つのP、「Product(製品)」、「Practice(実践)」、「Policy(政策)」を考慮に入れ、アフリカの農業発展を支援することが不可欠であると考えています。

Q:アフリカの農業における展望を聞かせてください。

最も重要なことは、「アフリカの食料生産が、人口増加のペースを上回る」ことです。アフリカ大陸の人口は2050年までに倍増するという予測があり、農業部門は加速度的な成長を必要としています。アフリカ大陸自由貿易圏(AfCFTA)により牽引される市場型アプローチは、小規模農家に大きな恩恵をもたらす可能性を秘めています。

QSAAは、アフリカにおける環境再生型農業をどのようにリードできますか?

SAAの強みは、農家、農業普及員、現地政府との強力な結びつきです。そしてフィールドから得たデータを価値ある「知識」に変換し、農業関係者に届けることです。その際、リーチする対象者に応じて伝え方をカスタマイズすることは非常に重要で、同じ情報でも、例えば農家と政策立案者では、アプローチ方法は異なるでしょう。

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