【前編】JICA国際協力専門員 相川次郎氏インタビュー~ケニアで開発 SHEPアプローチ~

2023年6月28日

1992年に青年海外協力隊員としてタンザニアの果樹栽培の指導にあたって以来、農業分野の国際協力専門家として、アフリカ各国のさまざま農業案件に携わってきた相川次郎氏。2010年にJICA国際協力専門員に就任し、日本とアフリカなどの支援国を往来しながら、JICA農業関連プロジェクトの専門的支援を行っています。また、2022年から、SAAの評議員を務めてくださっています。

相川氏が農業分野の国際協力専門家として一躍有名になったのは、2013年に横浜で開催されたTICAD V(第5回アフリカ開発会議)の開会式でした。当時の安倍元首相が冒頭のスピーチで、日本の技術協力の好事例として、SHEP : Smallholder Horticulture Empowerment & Promotion(市場志向型農業振興)アプローチに言及し、「アフリカで働くことを、自分自身の喜びとするたくさんの日本人の代表」として、相川氏を名指しで紹介。以来、Mr. SHEPとして広く知られるようになりました。

今回のインタビューでは、相川氏にSHEPの基本概念を改めて語っていただくとともに、ケニアをはじめとするアフリカ各国のSHEP導入や広域化にまつわる話、また、同氏とSAAの関わりや、SAAへの期待などをお話しいただきました。

相川 次郎氏(JICA国際協力専門員/ササカワ・アフリカ財団評議員)
農学博士。20年以上にわたり、アフリカをはじめとする開発途上国の農業普及と能力開発に従事。2006年にケニアにおけるJICAの農業案件に携わり、SHEP(市場志向型農業振興)アプローチを開発。後に、アフリカ各国への広域展開に従事し、多くの小規模農家の収入創出と貧困削減に貢献した。2010年よりJICA国際協力専門員として、農業関連プロジェクトを支援。2022年よりササカワ・アフリカ財団の評議員を務める。

SHEP(市場志向型農業振興)アプローチとは?

SAASHEPは旧来の「Grow and sell(作って売る)」から「Grow to sell(売るために作る)」というマインドセットを醸成し、農家が市場志向の営農スキルを身に着けるためのアプローチとして認知されていますが、改めて、SHEPの基本的な考え方について教えてください。

相川:SHEPアプローチとは何かというのを表したのが下の図です。黄色い円部分が市場情報の非対称性の緩和(農家と市場関係者の情報ギャップを埋める)、赤い円部分が自己決定論に基づく心理的欲求の充足(自律性・コンピテンス・関係性を高める)を表していて、その両方を満たしたオレンジの共通部分がSHEPアプローチの大きな特徴であり、オリジナリティになります。2014年からアフリカ各国に展開した際には、この2つの考え方をベースに、どこの国でもオレンジの部分の活動を実施することがSHEPアプローチにとって必須であるということを伝えてきました。

(図1:SHEPアプローチの考え方 引用:独立行政法人国際協力機構(JICA)ウェブサイトhttps://www.jica.go.jp/activities/issues/agricul/approach/shep/about/concept.html

相川:その上で、具体的に何をするかというと、4つのSTEPがあります。①農家がビジョンとゴールを理解する ②農家が自分自身で気づく ③農家が自分で決める(栽培作物・時期など)④決めたことに対して、農家に技術提供をする。この流れが大事だということを研修などを通じて伝えてきました。

(図2:SHEPの4つのSTEPに基く行動 引用:独立行政法人国際協力機構(JICA)ウェブサイトhttps://www.jica.go.jp/activities/issues/agricul/approach/shep/about/four_steps.html

ケニアで始まった園芸所得向上プロジェクト

SAA:SHEP第一号は、小規模農家を対象としたケニア農業省とJICAの技術協力プロジェクトだったと聞いていますが、当時の様子を教えてください。

相川:2006年に、ケニアで小規模農家の所得向上を目的とした園芸プロジェクトが始まるとJICAの方に声をかけていただいたのがきっかけで、チーフアドバイザーとしてケニアに赴任しました。

当初は、園芸(野菜栽培)で如何に農家の所得を増加させるのか、といったことに頭を悩ませました。というのも、園芸の場合、単純に「収量増加=所得増加」にはなりません。同時期にみんなが同じ作物を収穫すると、その作物の市場価値は下がってしまいますから。当初の計画ではプロジェクト側で農家の栽培作物を選定することになっていましたが、果たして自分たちに正しい作物を選ぶことができるのか不安が残りました。責任も重大です。

そこで、気候風土に合った作物をプロジェクト対象の地方自治体(4県)に決めてもらおうと思いましたが、結局彼ら(県の農業局)も決めたとしても、もしその作物の価格が低かった場合、責任を取れない。それじゃあ、農家自身に決めてもらおうということになり、農家が市場のニーズを把握することを目的に、まずは農家に市場調査の練習をしてもらい、自主的に市場調査が行えるよう仕向けました。

SAASHEPアプローチの考え方の一つ「農家と市場関係者の情報ギャップを埋める」(黄色い円部分)というのは、ここから始まったわけですね。もう一つの考え方である「自己決定論に基づく心理的欲求の充足」(赤い円部分)が確立するには、どのような経緯があったのでしょうか。

相川:ケニア赴任の前に携わったキリマンジャロの農業普及プロジェクトで、自己決定理論の重要性に触れる機会がありました。キリマンジャロでは、地域の中核農家を対象に農業技術の研修を行い、その農家が自身のコミュニティーで他の農家に技術を普及するというシステムを採用していましたが、これが非常にうまく機能していました。中核農家は、報酬をもらっているわけではなく、自分自身の喜びとして他の農家に教えていたのです。

自己決定理論の中にアンダーマイニング効果と呼ばれるものがあります。内発的動機付けによる行為に対して、報酬などの外発的動機を与えると、報酬がなくなってしまうとモチベーションが下がり、今までやっていたことをやらなくなるというものです。

プロジェクトでも、中核農家に報酬を与えようという案もありましたが、彼らがなぜ楽しく働いているのかというのは、心理学の世界(自己決定理論)で説明できるということが分かりました。ですので、SHEPでは農家の自己決定という要素を非常に大切にしています。

SAA自分で決めたことだからこそ、コミットメントやモチベーションが高まるのですね。ケニアでの最初の市場調査はどのように実施されましたか?

相川:農家自身が栽培作物を選定するために、市場調査を実施することになりましたが、それまで農家はほとんど街のマーケットに行ったことがありません。行ったことがあったとしても調査などしたことは皆無でした。簡単な質問表を準備して、値段・時期・品質・客の好みなどを農家自身が直接、農産物販売業者からヒアリングできるようにしました。知らなかったことを知るという経験が農家に力を与え、ケニアで開始した4県の取り組みは成功裏に終わりました。

中編につづく・・・


【中編】JICA国際協力専門員 相川次郎氏インタビュー~SHEPアプローチの発展:ケニアから世界60か国へ~

【後編】JICA国際協力専門員 相川次郎氏インタビュー~相川氏とSAAとの関わり~

SAA 出版物のご紹介

E-ニュースレター
"Walking with the Farmer"

SAAの活動動向をレポートしたE-ニュースレターを隔月で発行しています。

E-ニュースレターの日本語翻訳版(PDF)はE-ライブラリーでご覧いただけます。

SAAメールニュース

E-ニュースレター”Walking with the Farmer”(英語版)とイベント情報をメールで配信しています。是非ご登録ください。

登録はこちら

ヒストリーブック

“農家と共に歩んで ―ササカワ・アフリカ財団の農業支援の軌跡―”(日本語翻訳版)

SAAの創設から現在までの歩みを記したヒストリーブック(翻訳版)です。

サクセスストーリー
Voices from the Field Special Edition 2022

「現地からの声」の記事を特別編集版としてまとめました。