【第1部】パタゴニア日本支社さまにお聞きしました ~リジェネラティブ・オーガニックと環境再生型農業を語る 前編~
『私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む.』
地球環境や人々の健康に配慮した取り組みで世界をリードし、まさにこのミッションステートメントを体現した経営を行う「世界で最も責任ある企業」に選ばれるパタゴニア。
1996年に自社の全ての綿製品をオーガニックコットンに転換。2017年には世界に先駆けて「リジェネラティブ・オーガニック認証(Regenerative Organic Certified™)」を監督するリジェネラティブ・オーガニック・アライアンスをパートナーらと共に立ち上げ、「リジェネラティブ・オーガニック」(直訳は、環境再生型有機農業)の推進を開始した。
SAAでは2021年から環境再生型農業を戦略の柱に据えたが、同分野のトップランナーブランドである同社にインタビューをご提案したところ、快く引き受けて頂いた。パタゴニア 東京・ゲートシティ大崎ストアのスペースをお借りし、食品事業「プロビジョンズ」のディレクターを務める近藤勝宏氏、日本におけるリジェネラティブ・オーガニックのリサーチを担当する木村純平氏に話を伺った。
パタゴニア社の掲げるリジェネラティブ・オーガニック、それと紐づく新しい試みの食品事業、パタゴニア社独自のユニークな社風や今後の展望まで、話題は多岐に及んだ。
お話を伺った方: パタゴニア日本支社 食品部門 パタゴニア プロビジョンズ ディレクター 近藤勝宏氏 環境・社会部門 リジェネラティブ・オーガニック リサーチ担当 木村純平氏 |
(当財団より、北中理事長、菊池事業課長、徳末広報官3名がインタビューさせていただきました。)
地球と人のための農業“リジェネラティブ・オーガニック”
SAA:木村さんは、いわゆる環境再生型有機農業のリサーチ担当という「リジェネラティブ・オーガニック・リサーチャー」という大変珍しい肩書をお持ちですが、どのようなお仕事をされているのでしょうか。「環境再生型農業」という言葉は、日本ではまだまだ浸透しておらず、書籍なども欧米の訳書が中心です。有機農法や自然農法という言葉はありますが、その解釈も一様ではありません。そうした中、「リジェネラティブ・オーガニック・リサーチャー」というポジションがあるのは大変興味深いです。
木村:私は、リジェネラティブ・オーガニック(RO)の国際認証制度「Regenerative Organic Certified™*(リジェネラティブ・オーガニック認証。以下、RO認証)」に基づき、これを指針としたROの国内での農法的な可能性や意義などをリサーチしていくことが主な業務です。「リジェネラティブ」や「環境再生型」というポジティブな表現は今後ますます広がっていくと思いますが、社会や他者に対して優良誤認を与えるような、いわゆる「グリーンウォッシュ」の動きに飲み込まれないように正当にROを推進していくこと、これも大事な観点です。
現在は、国内4件の有機農家さん(①北海道のワイン用ブドウを生産する有機農家、②千葉県の大豆や麦の不耕起栽培に取り組む有機畑作農家、③福島県の水田、有機酒蔵を営む稲作農家、④兵庫県の水田、生き物と共生を目指す有機農家)と協同し、RO認証取得を目指しています。世界には、既に100件ほどの農業事業(農業者数では3万人以上)がRO認証を取得していますが、日本にはまだ前例がないので、その事例をつくりながらROを広げていく取り組みをしています。
*Regenerative Organic Certified™
食品・衣料品・ヘルスケア製品などの原料や経営環境を対象とした革新的な認証制度。土壌の健康、動物福祉、社会的公平性の3つの柱に関する全体論的な世界最高水準の基準を満たした有機認証。米国農務省が認証するUSDA Organicの規格をベースに、それらではカバーされていない領域を網羅し、上記の3つの柱で統合している。(参考:RO認証の暫定日本語訳)
SAA:RO認証というのは、既存の有機食品の認証制度と比べ、基準が高いということでしょうか。
木村:その通りです。RO認証取得に向けて応募する農家は、アメリカであれば「USDA Organic」、日本ですとそれと同等性が認められている「有機JAS」という既存の認証制度を取得していることが前提となります。有機JAS認証は、オーガニックでの生産方法についてはカバーしていますが、RO認証の構成要素である動物福祉や社会的公平性など、また「土壌をなるべく耕さない」ことや「輪作の種数」などの要件は含まれていませんので、従来の有機認証制度よりも高いハードルを設けていると言えます。
他方で、RO認証は認証内にブロンズ、シルバー、ゴールドの3つのレベルを設けています。それぞれのレベルで求められる実践項目の数や水準が違いますので、段階的に取り組めるところも大切なポイントです。例えば、最小限の土壌撹乱であれば耕起の回数(省耕起や不耕起など)、輪作であれば作物の種数がレベルによって異なります。なので、ただ高いハードルを設けているだけでなく、どういう方向性で農業経営を向上していけばいいのかを提示してもいます。
SAA:なるほど。いきなり完璧を求めないということですね。私たちもアフリカで環境再生型農業を普及していますが、この区分は現地の農業普及員のマニュアルを作る際に参考になりそうです。
農業においてもゴールは高く、そして、それを超える努力を
SAA(北中):私は農業を学生時代に勉強していましたが、世界的ニュースとなった環境問題で今でもよく覚えているのは、90年代前半、綿花栽培のために灌漑で淡水を使いすぎ、アラル海が干し上がったという出来事。水資源の減少とともに塩分濃度が濃くなり、20世紀最大の環境破壊として話題になりました。ちょうど同時期、パタゴニア創業者であるイヴォン・シュイナードさんがオーガニックコットンへの取り組みを開始されたと知り、何かつながりを感じました。
近藤:パタゴニアがオーガニックコットンに転換した直接のきっかけは、アメリカの店舗スタッフの頭痛が始まりでした。店内の排気管が壊れていて、コットン製品を置いていた地下倉庫の空気が流れ込んでいたのです。そして製品から揮発化した化学薬品を吸い込んだことが体調不良の原因とわかりました。
この事件をきっかけに、原材料について調べると、天然繊維だから良いものだと思っていたコットンに、実は非常に多くの農薬や除草剤が使われていた。また、コットンをそのような方法で育てた畑ではその後土が悪くなり、何も育たなくなっていくという現実も知りました。経営陣はカリフォルニアの綿花畑を見に行き、こんなことを続けていたら地球はダメになると実感し、自社製品を100%オーガニックコットンにすることを94年に決意。96年には100%入れ替えを実現しました。
SAA:コットンは水も養分も多く必要とする作物です。御社はそれを100%オーガニックにするという非常にハードルの高いことを最初にやってのけたので、その後の様々な先進的な取り組みにつながったのかという印象を持ちました。
近藤:パタゴニアは、先に高いバーを自らに課すことが多いんです。会社の最初のミッションステートメント『最高の製品を作り、環境に与える不必要な悪影響を最小限に抑える。そして、ビジネスを手段として環境危機に警鐘を鳴らし、解決に向けて実行する』を掲げたのが90年代初めでしたが、当時は、環境問題を調べ始めたばかり。実際に実行したのは、その後なんです。ROに関しても、農業の中ではすごく高いハードルを置いているので、RO認証を策定した当時も、最初からその全体論的に高い水準に達していた農業生産者がいたわけでは全くなくて、認証を取れたのはゼロでした。それでも、そこからそのバーを超える努力をし、ともに歩んでいくのがパタゴニアなのです。
▶【第1部】リジェネラティブ・オーガニックと環境再生型農業を語る 後編~
▶【第2部】パタゴニア日本支社さまにお聞きしました~食品事業「プロビジョンズ」~
▶【番外編】パタゴニア日本支社さまにお聞きしました~パタゴニアってどんな会社~
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