トーゴ

開始年:1990年

終了年:1997年

国別プログラム・ディレクター/コーディネーター:Dr. Marcel Galiba

 

歴史と主な活動:

SG2000トーゴ・プログラムは、ガーナ・プログラムのサテライト事業として1990年に始まりました。1991年に独立プロジェクトとなり、ベナン担当を兼任するDr. Marcel Galibaが指揮を執ることになりました。農民を支援し、巻き込んでいくための主な手段として、栽培試験圃場(PTP: Production Test Plot)が活用されました。SG2000トーゴ・プログラムでは、トウモロコシ、キャッサバ、稲の改良技術の促進を図りました。また、土壌の肥沃度を向上するとともに、有害な雑草であるチガヤ(Imperata cilindrica)の駆除にも効果的な緑肥作物である、ムクナマメの普及も図りました。また、穀物貯蔵の改善や、農村の貯蓄貸付組合の整備にも努めました。トウモロコシでは、ガーナ原産の高品質タンパク質トウモロコシ(QPM: Quality Protein Maize)品種である「オバタンパ」(Obatanpa)が導入され、トウモロコシPTPの中心になりました。そのためQPM種子生産が、SG2000トーゴ現場プログラムの一部になりました。

トーゴ・プログラムは、同国の5つの州でそれぞれ10軒の農家を選んで開始され、持続可能で成功が見込める基盤から始めて、徐々に拡大して行こうという方針に基づいて実施されました。1990年から1997年までに、農民が5,000カ所のPTPでトウモロコシ、キャッサバ、稲、ムクナマメを栽培するようになりました。ポストハーベスト・プログラムでは、農地での虫害を最小化し、貯蔵中の穀物の害虫等を防止するための研修が行われました。また、ベニン同様、農村の貯蓄貸付組合(CREP)が設立され、SG2000トーゴの活動の核となり、経営者や理事・取締役、信用・監査委員会に対する研修が行われました。

SG2000トーゴ・プログラムは、SG2000ベニンほどの財政支援を受けておらず、またその成果もベニンに比べて、限定的でした。トーゴ政府は、援助供与国との間で国家統治に関する問題も抱えており、その結果、二国間援助の一部や世界銀行からの政府開発援助(ODA)が停止されました。そのため、地方開発省は深刻な予算不足の中で事業を行っており、これも国の改良普及サービスに影響を及ぼしました。

1997年10月、SAA理事会はプロジェクトの終了を検討し始めていました。しかし、必要不可欠な農業サービス(改良普及と研究)を支援するための世界銀行の融資が認められる見込みだという見解があり、当面の支援者がSAA以外にないのであれば、世界銀行の融資がまとまるまでの間、少なくとも規模を縮小した現場実証プログラムを継続するためのつなぎとして、SAAの財政支援が不可欠だと見なされました。この支援は1998年始めに行われ、これによって、地方開発省は活動を継続することができました。SAA理事会は、プログラムの1年延長を承認しましたが、残念なことに、同国の治安が急速に悪化し、SG2000の車両数台が盗難に遭うなどしたため、SAA理事会はプログラムの終了を決定しました。

主な成果:

食用作物(トウモロコシとコメ)の生産で最も成果が上がったのは1990年から1997年の間です。トウモロコシ生産量は、28万5,000トンから45万2,000トンに増加しました。プログラムの終了時点で、QPM品種であるオバタンパの栽培面積は3万ヘクタールに拡大していました。トウモロコシ増産の大部分は耕地面積の拡大によるもので、収量増加は、全国平均でわずか10%でした。コメの生産量は、2万5,100トンから8万6,200トンに増加し、収量は1.3トン/ヘクタールから2トン/ヘクタールに上昇しました。プログラム終了までに1万以上の農家が、緑肥作物であり雑草駆除に効果のあるムクナマメを、作付体系に組み入れました。約450の農家が、収穫後の貯蔵を改善するために乾燥小屋とサイロを建設しました。合計20のCREPが設立され、プログラム終了までに組合員は1,400人に、累計資本は7万米ドルに拡大しました。

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