ガーナ

開始年:1996年

終了年:2004年

国別プログラム・ディレクター/コーディネーター:Dr. Eugenio Martinez (1986-89); Dr. Marcel Galiba (1990); Dr. Wayne Haag (1991-2003); Dr. Benedicta Appiah-Asante(国内コーディネーター)(1997-2003)

 

歴史と主な活動:

SAAは、1986年にガーナ(およびスーダン)でアフリカでの活動を開始しました。アフリカでは、東部から西部にかけてきわめて深刻な干ばつが2年間続き、飢饉が広がっていました。

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ガーナ人女性が池の水をくむ様子を見るジミー・カーター元米国大統領とロザリン夫人

SG2000プログラムは、ガーナの食糧農業省(MOFA: Ministry of Food and Agriculture)と協力し、農業改良普及サービス局(DAES: Agricultural Extension Services Department)を通じて実施されました。最初の5年間は、カーター・センターの「グローバル2000プログラム」がSG2000ガーナを運営していました。17年間の全歴史を通じて、SG2000ガーナは約1,000人の改良普及指導員に指導員研修と物流支援を行い、100万人以上の農民を対象に研修を実施しました。トウモロコシやその他数種類の主食農作物の生産性が、大幅に向上しました。

当初のプログラムの中核は、技術実証でした。その目的は、基本的な食用作物について、零細農家の現在の収量を2倍、3倍にする改良技術があるかどうかを判断することでした。そのための主なツールが、大規模な1エーカー(約0.4ヘクタール)の栽培試験圃場(PTP: Production Test Plot)でした。全国14万5,000カ所のPTPで、農民が植付けを行いました。推奨PTP生産パッケージには、改良品種、列植、適量の化学肥料などが含まれていました。その成果は目覚しく、PTPの平均トウモロコシ収量(3~3.5トン/ヘクタール)は、農民の従来の収量(1.2トン/ヘクタール)より2~3倍高くなりました。

確かに最初の5年間で、作物研究所(CRI: Crop Research Institute)や国際的な研究所で開発された推奨作物品種や生産技術が、収量の点で優れていることが確認されました。このような作物品種や生産技術が零細農家の食糧生産を転換できる可能性があることが分かりましたが、問題は、どうすれば「可能性」を現実に変えるかということでした。

SG2000チームとMOFAの担当チームは、技術の採用と普及の問題に目を向けるようになりました。投入資材の供給、融資の獲得、市場へのアクセス、付加価値が、問題点として大きく浮かび上がってきました。SAAは、これらの問題に対する対処法の検討を開始しました。

高品質タンパク質トウモロコシ(QPM) – ガーナ人の食事は、大部分がキャッサバやヤムイモ、ココヤムなどの、高炭水化物・低タンパクのデンプン性塊茎です。トウモロコシは、タンパク質の栄養価は低いものの、タンパク質の総含有量は多く、これも重要な食糧の一部になっています。ササゲはタンパク質が多く、小規模農家にとってはどちらかといえば贅沢品でした。

CRIは、SG2000ガーナが事業を開始するまで、トウモロコシの研究開発で10年近く国際トウモロコシ・コムギ改良センター(CIMMYT)と協力してきました。ガーナでは1986年までに、多数の高収量の熱帯性開放受粉トウモロコシ品種が一般の利用のために導入されました。さらに、病気への耐性が強く、栄養価の高い第2世代のトウモロコシ品種の研究が進んでいました。CIMMYTは、高品質タンパク質トウモロコシ(QPM: Quality Protein Maize)の開発を主導しています。QPMは、見かけや味は普通ですが、リジンやトリプトファンは通常のトウモロコシ品種の2倍の量を含んでいす。QPMによって、トウモロコシを主要なタンパク源としている農村の貧しい人々の栄養状態を改善できるのです。QPMは、母親や離乳期の子供に特に重要です。SG2000は、CRIによるQPM研究プログラムを積極的に支援しました。1992年、大幅に改良されたQPM開放受粉品種である「オバタンパ」(Obatanpa)が、農民用に導入されました。SG2000では、QPMの種子生産と、オバタンパを含むトウモロコシ技術パッケージを取り入れた改良普及実証プログラムを支援しました。

種子生産 – ガーナ政府は、「構造調整」プログラムの一環として、1989年にガーナ種苗会社(Ghana Seed Company)を閉鎖しました。この会社は半官半民の組織でしたが、種苗会社として発展・存続することができませんでした。ところが閉鎖の結果、CRIによる新しい食用作物品種開発のための研究活動と、農民に改良型原材料を提供する種子供給システムの間に空洞が生じてしまいました。MOFAは官民種子戦略を策定し、同戦略には、CRIの研究者が開発した品種を生産する民間育種業者が含まれていました。既存の半官半民組織である穀物・豆類開発委員会(GLDB)が、CRIが開発し、民間の種苗会社が栽培を希望する品種の原種生産を担当することになりました。SG2000ガーナは、主にトウモロコシの種子チェーンに焦点を当て、このシステムの確立を強力に支援することを約束しました。

育種業者による種子生産から認定種子生産まで、種子チェーン全体で研修が行われました。ガーナ種子検査ユニット(GSIU)は、開発機関であると同時に、認証機関としても活動し、小規模な民間育種業者による適正な種子生産方法のための研修を支援しました。SG2000では、GSIUの現場監督スタッフにピックアップトラックやバイクを提供し、事業費を援助しました。また、民間育種業者に融資や少額の助成金も提供し、生産や種子のコンディション調整活動の資金繰りを支援しました。民間育種業者の数は100以上に増加し、認定種子生産も大幅に増加しました。

ポストハーベスト処理と穀物貯蔵 – 1990年に、SG2000と、MOFAの農作物サービス局ポストハーベスト開発ユニット(PHDU)および農業改良普及サービス局(DAES)は、国内および国際的なポストハーベスト技術の専門家と協力して、新たなポストハーベスト技術の普及プログラムの実施の指針となる、包括的な計画を策定しました。このプログラムは、1991年から1997年まで積極的に推進され、小型貯蔵庫が数千カ所、コンクリートの乾燥場が千カ所以上建設されました。安全な建物と、収穫した穀物の処理方法の改善(機械による脱穀や丁寧な乾燥、化学処理による貯蔵中の防虫など)により、伝統的な貯蔵法では20%から40%に上ることもある損失を大幅に減少できます。

貯蔵の改善により、農家の栄養状態が改善するとともに、より多くの作物を自家消費用(家畜の飼料を含む)や、市場での販売用に貯蔵できるようになり、価格が低い時期(収穫直後)に販売に追い込まれることが少なくなります。1992年に、SG2000ガーナは研修・実証プログラムを開始し、数百人の改良普及員と数千人の農民が参加して、地元で入手できる資材を使って、害虫やネズミを防げる1~2トンクラスの穀物用貯蔵施設を建設しました。800人の改良普及指導員が実地研修を受け、農民と共に作業し、他の農民に手法を普及させていくための実証場となる改良型施設と乾燥場の建設を手伝いました。

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In Northern Ghana, women farmers are using wet-type grinders to process shea-nut butter.

農産物加工 – 農民が収穫した作物に付加価値を付ける方法の1つは、一次産品を加工して、より価値の高い食用食品や、畜産業用の飼料を作ることです。1993年にSAAは、国際熱帯農業研究所(IITA)とともに、農産物加工用の改良型器具や簡単な機械を開発・導入するプロジェクトを立ち上げました。このような器具によって、伝統的な加工法よりも厄介な作業が軽減され、アフリカの食用作物の加工・販売の大部分を担っている女性にとって、特にメリットがあります。プロジェクト活動は、ガーナとベナンを中心に行われました。事業の大部分は、キャッサバ粉を発酵させて作るガリを加工するための、改良型の農産物加工機器の導入に重点が置かれました。SAAスタッフは、数千の女性農民グループと協力して協同事業を立ち上げ、改良型のガリを消費者に販売しました。

保全耕うん – 保全耕うん(CT: Conservation Tillage)は、土壌を整地するためのくわ入れやすき入れの必要を減らす作物管理技術です。これによって、植付け前に必要な労力が半分になり、除草をほとんどしなくてすむため、特に女性に大きなメリットがあります。マルチによって土壌の水分が保持され、浸食のリスクが少なくなり、また生分解マルチは、土壌を健全にする土壌中の有機物の生成、維持にも有効です。

1993年に、保全耕うんコンソーシアムが立ち上げられ、CRI、MOFA、SG2000、Monsantoが参加しました。コンソーシアムでは、まず研究データの見直しを行い、翌年には、いくつかの新しい検証実験や、農家の畑での検証/実証圃場が開始されました。1996年までに保全耕うん技術は、主にガーナのトウモロコシ・ベルト地帯(クマシの一部、ブロング・アハフォ州、ノーザン州)で、作物栽培実証プログラムに欠かせない一部になりました。保全耕うん技術は広範囲に普及しました。

零細農家向け投入資材納入システム – 農民は、MOFA/SG2000 PTPプログラムへの参加に、強い関心を持っていました。PTPの数は、1986年の40カ所から1989年には7万6,000カ所に増加しました。農民の数が急速に増加したため、最初の2年を経過すると、細部にわたる管理がきわめて困難になりました。農務省にもSG2000にも、これほど大規模なプログラムを運営する組織力を備えていませんでした。投入資材の調達、配布、融資回収の業務が、改良普及指導員にとって大きな負担となってきました。追跡管理や事務処理がその影響を被り、1989年には、PTP融資の回収率が前年の80%から45%に低下しました。改良普及職員を、投入資材配布や融資回収の業務から解放すべきだという圧力が強まりました。

SG2000は民間の農業資材販売業者との間で、国の作物栽培実証プログラムに参加する農民に投入資材を供給する施策を整備しました。この施策では、銀行または大手卸売業者から与信枠を手配し、それを使って「投入資材キット」を仕入れ、パッケージ化して農民に販売できるようにしました。ガーナ農業開発銀行(GhADB)と小売業者、作物栽培実証プログラムに参加する認定農家の三者間で、取引関係が構築されました。GhADBは、小売業者が承認された投入資材を納入した際に代金を支払い、農民は、収穫後にGhADBに返済しました。この仕組みにおいてSG2000ガーナは、投入資材の発注と融資の登録と回収にともなう取引費用の大部分について、当初拠出をすることに同意しました。

SAFEプログラム – SG2000国別プログラムは、現場の改良普及スタッフに対する技術の実地研修を、強く支援しました。このようなスタッフの多くは、農業科学に対する理解が乏しく、改良普及のためのコミュニケーションスキルが限られていました。農業に関する高等教育のディプロマや学位(通常は大学が授与)を持っている者は、15%に過ぎませんでした。そこで、SAAでは早くから大学における実践的な農業改良普及課程のモデルに関する研究を始めました。

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ココアSEP(監督事業プロジェクト)について講師と議論する、クワダソ農業大学のミドルキャリア研究生。後ろでは、イースタン州タフォ地区の農民が、研究生の推進するハイブリッドココアの健康な苗に賞賛の声を上げている。

こうした研究の結果、1992年に、笹川アフリカ農業普及教育基金(SAFE: Sasakawa Africa Fund for Extension Education)が設立されました。当初からウィンロック・インターナショナルとパートナーシップを組み、それ以来、共同でプログラム活動を実施しています。SAFEの歴史で大きな転機となったのは、ガーナのケープ・コースト大学(UCC: University of Cape Coast)が、農業科の中等後教育学校の修了書またはディプロマを持つミドルキャリアのスタッフを対象とした、革新的な学士課程の設立に同意したときです。

UCCプログラムに続いて、9カ国の14大学で同様のミドルキャリア学士/ディプロマ課程が創設されました。SAFEプログラムの修了生は、ガーナでは男女あわせて800人、その他9カ国で3,000人を超えています。学業成績は優れており、中途退学者もほとんどなく、誰もが職場で昇進を遂げ、MOFAなどで指導的な立場に就いている人も多くいます。カリキュラムにも重要な進展があり、バリューチェーンの視点が零細農家指導サービスに導入されています。

「成熟した」国別プログラムの運営と強化 – 1995年にSG2000ガーナは、「フェーズII」と呼ばれる新たな運営形態に入りました。この運営形態では、プログラムには国外からの国別担当ディレクターを置かず、国内のコーディネーターが事業を指導しました。フェーズIIでSG2000ガーナが支援を継続したのは、4つの主要活動分野(生産技術と技術移転、ポストハーベスト活動、種子の生産と分配、QPMの開発)です。9年間の提携後、SG2000ガーナはMOFAとの共同活動の運営面での責任の大部分を終え、これら共同活動をMOFAが実施中の事業に組み込むかどうかについての決定は、MOFAに委ねられました。

2000年に、SAA理事会はSG2000ガーナの3年間の延長を承認しましたが、国別プログラムの運営を比較的少数の地域に集約してプログラムの各種内容(作物生産、ポストハーベスト管理と農産物加工、研修と組織能力形成)を統合し、これらの地域を他の地域のための実証拠点として機能させるよう、要請しました。

SG2000ガーナは、2003年に公式に事業を終了しましたが、SAAはガーナのいくつかの機関と密接な結び付きを維持しています。2009年まで、CRIとの間でQPM研究開発における協力が、MOFAとの間で農産物加工における協力が、継続していました。SAFEとケープ・コーストのUCCとの関係は、1993年以来続いています。

主な成果:

ガーナのトウモロコシ生産高は、1986年から2002年の間に2.5倍に増加し、この増加の約半分は、生産性(単位収量)の増大によるものです。生産性主導による生産量の大幅な増加は、コメやキャッサバ、ソルガムでも実現しました。

農民は主に、収穫後のロスが最も多いガーナ南部で約4,000カ所の乾燥小屋を建設しました。これによって農民は、余剰穀物をより効果的に貯蔵できるようになり、通常、価格が最も低くなる収穫期に販売せざるをえないという事態を、概ね回避できるようになりました。

SG2000ガーナは、公式の金融機関が参画する信用取引制度の先駆けとなりました。農業開発銀行(ADB)は、前年の融資を完済した農民グループを対象に、投入資材のための融資を行いました。しかしながら、零細農家の多くにとっては銀行融資にともなう取引コストが高いために、このプログラムは4年後に廃止されました。零細農家に対する運転資金融資(9~12カ月)の問題が、高収量パッケージを導入していくうえでの深刻な制約として残っています。

SG2000ガーナは、国内の民間種子産業の開発を支援しました。民間育種業者による種子生産は、1991年以降、堅調に増加しています。登録育種業者150社による認証トウモロコシ種子生産は、1990年の317トンから1997年には1,361トンに増加し、トウモロコシ種子の77%がQPM品種のオバタンパで占められています。さらに、稲、ササゲ、大豆、落花生、ソルガムの認証種子も生産されています。長年にわたり高い種子品質が維持されているものの、ガーナの種子産業は、依然として堅固な経済的基盤の確立に苦心していました。生産投入資材(特に肥料)のコスト高や、比較的低い生産者価格、商業ベースの融資を得る手段が限られていることが、育種業者の投資にとって制約になっていました。コストや資金調達に関する同様の問題は、認証種子に対するガーナ農民の需要の制約にもなっていました。

QPM品種の開発と普及の支援は、SG2000ガーナの主要な功績となりました。プログラムの終了時点で、ガーナでは30万ヘクタールの農地にCRIが導入したQPM品種とハイブリッドが植えられており、こうしたQPMは、他のアフリカ諸国にも広まりました。マリ、ブルキナファソ、ナイジェリア、コートジボアール、ギニア、モザンビーク、ウガンダ、マラウイ、南アフリカ、ジンバブエ、エチオピアのすべてで、ガーナで生産されたQPM品種とハイブリッドが受け入れられました。

SG2000ガーナは、保全耕うんをガーナに導入するうえでも有効でした。CIMMYTとCRIが1998年に実施した外部評価による推計では、10万ヘクタールで保全耕うんを利用した栽培が行われていました。最近の非公式な推計(Kofi Boa)によれば、この面積は2010年までに倍増しています。

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