ベナン

開始年:1989年

終了年:1998年

国別プログラム・ディレクター/コーディネーター:Dr. Marcel Galiba

 

歴史と主な活動:

ベナン・プロジェクトは、1989年始めにボーローグ博士とDr. Marcel Galibaが同国を調査訪問し、国家元首であるケレク将軍と会談したのを踏まえて、同年にガーナ・プロジェクトのサテライト事業として開始されました。当時、ベナンの農業は停滞していました。1989年には、トウモロコシ輸入が過去最高水準に達していました。収量は、1トン/ヘクタールを下回っていました。ベナンでは、綿花以外ではほとんど肥料を使用していませんでした。ボーローグ博士とケレク元首は、ガーナで実施されているのと同様な現場実証プログラムの策定について協議しました。プログラムでは、ガーナに駐在するSG2000スタッフが研修や技術支援を行うことになっていました。Dr. Marcel Galibaは、1991年にベナン駐在の国別担当ディレクターに任命され(1990年に事業を開始したSG2000トーゴと兼任)、両プログラムの実施期間中、在任しました。最終的にSG2000は、ベナンの6つの行政区すべてで活動しました。

農作物生産性 – 栽培試験圃場(PTP: Production Test Plot)がプログラムの中核であり、一般にプログラムへの参加は、農民個人単位ではなく、農民組織を通じて行われました。プログラムの実施期間中に3万8,000カ所のPTPで農民が作物を育て、そのうち80%はトウモロコシでした。

1989年のトウモロコシの国内生産高は42万4,000トン、平均収量は885キログラム/ヘクタールでした。SG2000ベナンでは、ガーナの場合ときわめてよく似た技術パッケージを導入しました。つまり条斑病耐性のある開放受粉の改良型トウモロコシ品種や、高密度の列植、適時の除草、1ヘクタールあたり約150キログラムの施肥です。PTPの平均年間収量は、3トン/ヘクタールから3.5トン/ヘクタールになりました。

ベナン南部は、持続的な農業という点で危機的な状況に直面していました。土壌の保護と肥沃度の回復を、最優先課題にする必要がありました。農民は、営農体系の中で豆類を増やす必要があり、またチガヤ(Imperata cilindrica)を駆除して土壌肥沃度を回復するために、ベルベットマメ(ムクナマメ)の活用が、切実に必要とされている突破口になりうると考えられていました。SG2000ベナンでは、食用ムクナマメが収穫できるベルベットマメの栽培が最優先されました。ベルベットマメは、雑草駆除や土壌中への有機物・窒素の添加など、多面的なメリットがあることから、農民の間で非常に人気が出ました。ムクナマメの栽培試験圃場(PTP)が約250カ所、小規模種子増殖圃場が3万カ所設置され、最終的には推定で10万人の農民に採用されました。

ポストハーベスト処理 – SG2000ベナンでは、ポストハーベスト処理も、十分な規模でコストも妥当な貯蔵設備建設と同様に、優先度の高い課題でした。ポストハーベスト・プログラムは1995年に本格的に開始され、地方開発省によって拡大されました。1,200人のPTP農民が少額の補助金を受給し、近隣農家に対する研修や実証に役立つさまざまなタイプの穀物貯蔵庫や乾燥設備を建設しました。

マイクロファイナンス – SG2000ベナンには、マイクロファイナンスに関して、興味深いストーリーがあります。マイクロファイナンスは、0.5ヘクタールのPTPで実証する技術に必要な投入資材を、農民が購入できるようにするための仕組みを求める中で、採用されたものです。PTP参加農民には、投入資材のための融資が行われましたが、期間は最大でも2年に限られていました。零細農家の多くは、プログラムが終了すると推奨技術を継続することが難しくなり、通常、肥料(技術パッケージのうち最もコストのかかる要素)の使用量は大幅に減少しました。実証圃場の規模を拡大する理由の1つは、参加農民が新たな収入を得られるだけの、十分な余剰農産物を生産できるようにすることでした。この増収分は、投入資材のコスト増をまかなうために使用されることになっていました。しかし、現金収入が増えても貯蓄には回らないことが多く、むしろ消費されていました

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CREP movement - mobilizing savings and offering credit in rural communities

PTP農民は、地元の農民組合として、より組織的に運営するようになりました。農民グループのメンバーには、組織運営の円滑化を支援するため、読み書きと組織に関する研修が行われました。特に、グループリーダーは、簡単な会計や行政手続きの研修を受けました。農民が経営し、地元でのみサービスを提供する農村の貯蓄貸付組合(CREP:Caisse Rurales d’Epargne et de Prêt)というアイディアは、農民にとって非常に魅力的なものでした。SG2000では、マイクロファイナンス金融機関の協力により研修を行うとともに、地元CREP事務所と集会所を建設し、金庫を備え付けるための助成金を支給しました。農民からは熱心な反応があり、この運動は急速に成長しました。すべてのCREPが組合員に農業サービスを提供し、また一部のCREPは、組合員とその子供に対する医療や初等教育などの社会福祉サービスも拡張しました。

 

フェーズ2 – 1996年、SG2000ベナンは事業の第2フェーズに入りました。フェーズ2の特徴は、活動範囲をより厳しく絞り込んだことです。SG2000を、地方開発省が実施中のプログラムに統合する取り組みが推進されました。この間、同省では4つの活動に集中しました。

  • 改良稲栽培の現場実証
  • 土壌肥沃度の回復と維持
  • ポストハーベスト技術
  • 農民組合と農村資本動員への支援

SG2000のスタッフは、ベナンのサバンナ地帯で重点的に活動を行うようになりました。この地域では、ツェツェバエが深刻な問題になっておらず、農民が農地の整備に去勢牛(体格の小さい地元品種の牛)を使うことが出来たためでした。また、これらの地域には、ベナン国内で食糧生産に最適な土地の一部が含まれ、農地保有の平均規模を拡大するための土地を入手することが可能でした。これを念頭にSG2000では、この地域で実施されたUNDPプロジェクトで開発された改良型器具の利用を推進しました(こうした器具には、改良型の鋤、効果が改善された耕耘機やまぐわ、耐久性や適性の向上した荷馬車やカートがあります)。

またSG2000ベナンでは、投入資材の購入と種子生産の両面で、民間部門の活動を強化するための活動も行いました。民間育種業者の選定と研修が開始され、原原種と原種の両方の研究戦略が策定されました。

さらにSG2000では、被覆作物、改良トウモロコシ品種(高品質タンパク質トウモロコシ(QPM)等)、ムクナマメの有機物含量を増やすリン酸塩の利用に関する研究のために、ベナンの複数の機関に資金援助を行いました。最終的に、QPMの商業生産が普及し、4万5,000ヘクタールに上りました。

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CREP運動が支援する食品加工事業は女性グループの生活向上に寄与しています

1998年に日本財団はSAAに対し、12件の国別プログラムのうち4件を終了するよう要請し、ベナンはその中の1つとなりました。しかしSAA理事会は、CREPのネットワークを統合・強化するため、新たに設立された全国貯蓄貸付組合連合(FENACREP)への資金拠出を継続することを決定しました。当初の想定どおり、FENACREPはCREPの会員組織とその構成員に、幅広い改良普及指導サービスを提供することとなりました。FENACREPはSG2000の事務所を受け継ぎ、その備品や設備、車両も、活用されることとなりました。SAAはFENACREPに対して、1999年と2000年に12万5,000ドルを提供しました。2000年末までに、FENACREPは67のCREPを加盟させることができ、総組合員数は男女農民あわせて約2万2,000人となりました。FENACREPは、国連開発計画(UNDP)の Microstart ProgramやCARE Internationalからの財政援助を受け、また、ベナンの民間金融機関であるFinancial Bankからも与信枠を得ることができました。

004年に笹川アフリカ農業普及教育基金(SAFE)プログラムがアボメイ・キャラビ大学で導入されました。SAFEプログラムは、学生の受け入れや卒業生の輩出が堅調に進み、ベナンの農務省とSAFEプログラムの連携はますます強固になっています。2011年までに、50名の学生がSAFEプログラムに参加し、卒業生は、農務省や民間部門で幅広く採用されています。

主な成果:

SG2000ベナンは、政府に国家食糧生産戦略を提供しました。1989年から1998年まで、トウモロコシ生産高は3分の2増加し、増産分の半分は、単位あたりの収量の増加によるものです。食用作物への施肥がより広く普及し、また、ムクナマメ導入の取り組みにより、ムクナマメ生産も急速に拡大しました。チガヤ(Imperata cilindrica)に完全に覆われ、耕作不能になっていた広大な土地が開墾され、土壌窒素含有量が上昇しました。ソルガムやササゲ、稲の改良技術の普及も図られました。

1998年までに、農村で50の貯蓄貸付組合(CREP)が設立され、国内の組合員数は1万5,000人、預金総額は300万米ドルになりました。融資の返済率はほぼ100%でした。手ごろな金利の融資が利用できるようになったことで、改良品種や肥料を使った稲栽培に投資できる農民が増加しました。

SAAは、2000年末にベナンに評価団を派遣し、FENACREPによる農業改良普及プログラムや組合員へのサービス(種苗、肥料、商店、医療サービス)などの事業運営と、財政ガバナンスを調査し、将来の事業を強化するため、一連の提案を行いました。そこで、1つの重大な問題が明らかになりました。当時、FENACERPはその会員組織であるCREPに投入資材サービスを提供しており、中でも肥料を主な商品として供給していました。また、FENACERPは、半官半民の綿会社であるSONAPRAや、民間企業のHydroChem-Beninと与信枠の交渉を行い、これを会員CREPに回していました。しかし、深刻な干ばつとSONAPRAの財政問題により農民に対する綿花代金の支払いが遅れたため、FENACREPは多額の負債(70万ドル以上)を抱えることになったのです。SONAPRAの債務については、政府と交渉が行われ、最終的には免除されましたが、HydroChem-Beninに対する肥料代30万米ドルが、まだ未払いのまま残っていました。FENACREPはCREP組合員からの債権の回収(または肥料の回収)に取り組みましたが、販売された肥料の会計処理や債権額は不明確でした。FENACREPは負債を返済することができませんでした。さらには、個々のCREPから会員年会費を徴収することができず、また他の資金提供者からさらに外部資金を調達することもできませんでした。FENACREPの経営が脆弱であることを勘案して、SAAは2001年にFENACREPへの援助を打ち切りました。FENACREPは実質的に解散しましたが、個々のCREPは活動を続けています。

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